仏教を中心とする人文系学術書の出版社です。

編集室から

花を摘む女性たち
        花を摘む女性たち(2 - 3世紀、ガンダーラ)

編集室から

ナーランダーの栄光 ─『大日経広釈』によせて─                                                                  (2020年3月24日)

そろそろ桜の花も開き始めて、いよいよ春本番です。世間は新型ウイルスの蔓延で騒然としていますが、いずれにせよ、気を抜かず、さりとて、慌て過ぎることもなく、冷静に、乗り越える努力をしたいものです。
いわゆる原始経典の「箭経(ぜんきょう)にも、仏法を知る者は、苦しみを受けても、それから取り乱して、さらに苦しみを増す「第二の矢」を受けることがない……と説かれるように(パーリ『相応部』36-6 / 漢訳『雑阿含経』17-15)。

ボッカチオ

現在、ウイルス感染の中心は中国からイタリアに移り、そこでは、日常生活や経済活動を含む幅広い面で、打撃を受けています。しかし、イタリアといえば「愛と歌の国」。中世後期に襲いかかったペスト(黒死病)の最中でも、それから待避して街を離れた男女が、暇つぶしに語り合う……という設定のもとに、当時の文人・ボッカチオ(14世紀、右の写真)は、世に比類ない「愛の物語集」の傑作『デカメロン(十日物語)』を著しました。何とも、たくましいことですね!
……ヴィラーガ(離欲)を説く原始経典に、ラーガ(欲)の中でも人間にとって最も身近なカーマ(愛)を語る『デカメロン』とは、何とも対照的ですが、ある意味では、いずれも「第二の矢」を受けないための善巧方便、といえるのかもしれません。
原始仏教の寂静、大乗の大悲と共に、密教(金剛乗)の大欲の世界にも心をよせつつ、好対照の「方便」として、ここに両方を取り上げた次第です。
ともあれ、世界の人々の努力(精進)により、何とか、この難局を乗り切っていきたいものです。そのためのエール(応援歌)として、『デカメロン』にテーマを取ったオペレッタ、その名も『ボッカチオ』(スッペ作曲)より、大正ロマンは浅草オペラ華やかなりし頃に一世を風靡した名曲「恋はやさし」の歌声を、リンクしておきましょう(曲のタイトルをクリックして下さい)。

大日経広釈

さて、時勢に引きずられて、少し前置きが長くなりましたが、前回に引き続き、今回は2月末の新刊二点の内、もう一つの『大日経広釈』をご紹介しましょう。
本書は、『大日経』の全体を、インド密教の大家として名高いブッダグヒヤ(8世紀)が詳しく、逐語的に註釈したものです。密教経典一般と同じく『大日経』の本文も、多くの偈頌からなることは前回に触れた通りですが、それだけに、その記述は簡潔に凝縮され、それだけを読んで、意味を理解するのは容易ではありません。そこで、信頼できる註釈書が必要になってくるのですが、『大日経広釈』は、漢訳『大日経疏』と共に、『大日経』理解のためには欠かせない註釈書です。
前者の著者ブッダグヒヤ、後者を口述した善無畏(シュバカラシンハ)のいずれもが、インド大乗・密教の中心地として名高いナーランダー出身であるのも興味深い点です。

ここで、両註釈書の内容についていえば、『大日経』そのものが空観を強調して説かれているため、いずれも思想的には、やはり中観的傾向が顕著です。ただし、それを説くに当たって、『大日経疏』では、龍樹作と伝える漢訳『大智度論』を引用することが多いのに対して、『大日経広釈』では、中観を基本としつつも、唯識や、場合によっては仏教論理学をも交えた、いわゆる「瑜伽行中観派」の立場が顕著です。
『大智度論』が善無畏の時代のインドで知られていたとは考えにくいので、『大日経疏』での引用は、師の口述を文章にまとめた、中国人弟子の一行による補足と見るべきでしょう。しかし、この作業によって、当時の中国仏教界にあって、非常に理解されやすいものに仕上がったことは確かです。空海などによって体系化された日本密教の教学が、その基礎となる顕教にも目配りした、しっかりとしたものになったのも、一つには『大日経疏』のおかげともいえるでしょう。
一方『大日経広釈』の立場は、同時代にナーランダーで活躍し、チベットに入ったシヤーンタラクシタやカマラシーラと共通するものですが、日本はもとより、中観といえば帰謬派が有力な現在のチベット仏教でも、やや馴染みがないものかもしれません。特に、研究領域(専門)の分化が著しい近代仏教学の世界では、顕密の教学を通して見ることは、かえって難しくなっている傾向もあります。従って、日本でも馴染み深い『大日経』の註釈書として、『大日経広釈』の和訳は一見、容易に見えますが、実は、かなり難しい部分もあるようです。
こうした状況の中で、今回、弊社で刊行した『大日経広釈』の和訳では、そこに出てくる顕教教学の術語(「世間の言説」「施設」「円成実」「効果的作用」「量」など)は、中観・唯識・仏教論理学など各分野で定着した訳語に統一しました。従って、今までの『大日経広釈』の諸訳に比べて、ブッダグヒヤの背景にある「当時の顕教教学」がかなり明瞭に浮かび上がってきたはずです。これは、本書の大きな特色です。

また、もう一つ、本書の特色として挙げておきたいのは、著者ブッダグヒヤの「密教の実践者としての眼差し」が随所に現れていることです。
例えば「持明禁戒品」の註釈では、そこに説かれる密教独自の禁戒としての「明咒の律儀」について、それは空観を踏まえて、本尊を明瞭に観想することであるとした上で、
「要略すれば、心に常に等至すべきであり、本尊の身そのものが未だ意に堅固に顕現されていなければ、ただ真言と印を加えることと、その本尊であるものが我れである、というふうに思念するのみによっては明咒の律儀に入れない、ということであり、それは明咒の律儀に一致しない身を実行することである。」(p.313)
と述べています。結局、これは本尊の身を明瞭に顕現する三昧に入れなければ、たとえ作法として印・真言を結誦し、また、いわゆる「本尊の慢」としての信解をしただけでは、本当の意味での「明咒の律儀」は達成されておらず、同品で続いて述べられる悉地も得ることはできない……ということです。日本密教であれ、チベット密教であれ、多少なりとも「密教の行」(特に、観想・観法)をしたことのある方なら、これが「いかに難しいこと」であるかは、実感としておわかり頂けることでしょう。
ただ、反対にいえば、もしそれが実現できれば、たとえ作法としては簡潔を極めた「阿字観」であっても、まさしくブッダグヒヤのいう意味での「菩提心修習」となり、漢訳『菩提心論』にいうように、まさに、それによって「菩薩の初地に入る」こともできる訳です。

このように『大日経広釈』から見えてくるのは、まさしく「顕密のエッセンスを自在に使いこなす」ナーランダーの大学匠にして、大成就者たるブッダグヒヤの姿です。
今回の訳では、訳者・北村太道先生の半世紀余りに及ぶブッダグヒヤ研究の成果を踏まえて、それをできるだけ平易な訳文で伝えると共に、「索引」でも、そうした本書の特色が明瞭に現れるように工夫しました。
……本書を通して、ブッダグヒヤと善無畏を生んだ「ナーランダーの栄光」に想いを馳せて頂ければ幸いです。

法身の光へ! ─『大日経』によせて─                                                                       (2020年1月26日)

正月を迎えたと思ったら、早くも1月も終わりに近づきました。厳しい寒さの中にも、だんだんと日が延びて、少しずつ春が近づいてきているのが感じられます。
今回は、2月末刊行予定の新刊2点の内、まず『大日経』についてご紹介させて頂きましょう。

まず、ついでながら、昨年3月末に刊行した『ナーガールジュナの讃歌』『密教美術形成史の研究』の反響について、少しご紹介させて頂きます。おかげさまで、いずれも好評を以て迎えられたようです。
前者については、著者の津田明雅先生から、今年の年賀状で「学会等で先生方より好評をえています」とのお言葉を頂きました。
後者は、実は拙著なのですが、出版後、学会その他でご指導頂いた方々にお送りしたところ、高野山大学や種智院大学の「密教学の最長老」の先生方、また「ガンダーラ美術では第一人者」の研究者や同じく美術商の方々から、さっそくに暖かなお言葉を頂きました。さらに「北西インドの密教美術」という、日本ではまだまだ馴染みのない分野についての、極めて専門的な内容にもかかわらず、それなりに追加注文も来ているのは、著者の私自身、思いがけないことでした。以前、お付き合いがありながらも、しばらくご無沙汰していた旧知の方々からも注文を頂き、それをきっかけに、数年ぶりに再会することができた方もいました。
……このように弊社の本が、多くの方々に好意を以て迎えられているのには、ただただ、感謝するしかありません。弊社も今年で「設立10年目」を迎えます。今後とも、なにとぞよろしくお願い申し上げます。

大日経

さて、少し前置きが長くなりましたが、今回、刊行する『大日経』は、いうまでもなく、『初会金剛頂経』と共に、日本密教では根本経典とされているものです。また、インド・チベットでは、いわゆる「四部タントラ」の内の「行タントラ」を代表する聖典とされています。
わが国では、古くから漢訳によって知られていましたが、サンスクリット原典は、僅かな引用以外は知られていません。
そうした中で、本書はサンスクリットの面影を残すチベット訳から、本体部分を全訳したものです。密教経典の常として、本経にも多くの偈頌が含まれていますが、漢訳は簡潔に過ぎてやや理解しにくい点もあります。そうした点をより正確に理解する上では、チベット訳から「できるだけ平易な文章で」和訳しようと心がけた本書は、きっと多くの読者に役立つことでしょう(本書「はしがき」「あとがき」の趣意)。

特に、本書における「翻訳の姿勢」として注目すべき点は、訳者の北村太道先生が「はしがき」で、以下のように述べられていることです。

「それは将来、この『大日経』のサンスクリットの原本が発見され、かつそれに基づく翻訳がなされることがあったとしても、このチベット語訳の持つ価値は変わることがないであろう。」(p.v)

現代の仏教学(密教学)では、ある意味で「サンスクリット原典至上主義」の雰囲気もありますが、そうした中で、これは、なかなか思い切った発言といえるのかもしれません。
しかし考えてみれば、いくら「原典校訂」を精緻にしてみたところで、その文献の「背後」にある思想的・文化的「文脈」が理解できなければ、その「意味(artha)」(密教経典でいえば、まさしく、ブッダグヒヤのいう「タントラ義(tantrārtha)」)に辿り着けないことは明らかです。
わかりやすく文学作品に喩えてみれば、「原典校訂」とは、著者の原稿(これにも、執筆過程に応じて数段階があることでしょう)から、出版された各種刊本の異同を精査した上で、「基準となる(厳密にいえば、各校訂者が「基準」と考える)テキスト」を確定することです。もちろん、それは極めて大切な「基礎的作業」です。ただ、そうはいっても、その文学作品の「意味」に辿り着くためには、やはり作者の人生観や生涯、時代背景などについての理解が欠かせません。
こうした、ある文献の「意味」に辿り着くために、あらかじめ必要な「理解」のことを、近代西洋で理論化された「解釈学」の用語では「先理解」といい、また「先理解→テキスト→理解」のプロセスで、文献の理解が深まっていくことを「解釈学的循環」といいます。
仏教(密教)文献に話を戻せば、「先理解」として必要なのは、やはりまずは、その文献が生まれた「背景」にある「仏教(密教)としての文脈」への理解です。しかし、こうした理解は、現代の研究者が「一朝一夕に」持つことができるものではありません。まさしく「甚深広大」な、仏教(密教)全般への知見が必要とされるからです。
現代の仏教学(密教学)で「原典校訂」は精緻を極めながらも、その内容については、いわば「素手で」取り組もうとした結果、その文献の「本当の意味」にはなかなか辿り着けないように見える事例は、残念ながら、あまりにも多いようです。

そうした中で、北村先生は常々、こうした「サンスクリット原典至上主義」に警鐘を鳴らし、「チベット訳の註釈的意義」を強調されていました。これは私が、同先生から直接、お聞きしたことです。
確かに、チベット訳には、サンスクリット原典だけではわかりにくい部分を補う面があります。それはもちろん、まずはあくまでも、チベット訳した「訳者たちの理解」という限界はあります。しかし、かつてチベット訳された状況での仏教(特に「師資相承」を必須とする密教)の伝承の「厳密さ」を考えれば、彼らの知見を参考にする意義は大きいはずです。少なくとも、それは、現代の研究者が「素手で」文献に向かおうとする場合に、しばしば陥りがちな「恣意的解釈」を是正してくれることは、間違いありません。

『大日経』は、日本密教の根本経典とされるだけあって、チベット訳からの和訳も、古くは「日本におけるチベット学の創始者」河口慧海以来、全訳・部分訳を合わせれば、幾度もなされてきました。
しかし、こうした中でも、本書は、以上のような北村先生の「チベット訳の意義」についての見識と、何よりも、『大日経』『初会金剛頂経』双方に精通したインド密教の大学匠・ブッダグヒヤへの半世紀余りに及ぶ研究の蓄積を踏まえて訳された点に、「比類のない特徴」があります。

ダルモーダヤ

そして、そこから見えてくるのは、やはり、本経冒頭「住心品」の最初に、「三時より超越した如来の日」(p.3)としての法身から、毘盧遮那の身・語・意の「無尽荘厳のマンダラ世界」が現れてくる、限りなく荘厳で、美しい風光なのでしょう。
その「法身の印」(ブッダグヒヤ)とされるのが、次の「具縁品」に説かれる胎蔵マンダラの「三角印(一切遍知印)」(p.27)です。これは、めくるめく光を放つ三角形のシンボルですが、その形は、同時刊行するブッダグヒヤの『大日経広釈』によれば、空・無相・無願の「三解脱門」を象徴するものとされます(弊社刊本p.104)。
そして実は、その「形と意義」は、インド後期密教(無上瑜伽タントラ)における「ダルモーダヤ(法源)」(チベット語では「チュージュン」)と変わりません。写真は、最初に触れた、拙著の刊行をきっかけに再会した友人に、数年前に作って頂いた銀細工の「ダルモーダヤ」のペンダント。本尊の女神の種字が、まるで鎌倉時代の石塔に彫られたもののように正確に、また、美しく刻まれています。『大日経』で高揚される「法身」への憶念と、また、作者への感謝を込めて、ここに掲載させて頂きます。

……本書から、『大日経』の「テキストから入って、テキストを越えた」限りなく美しい世界(無尽荘厳蔵)に、ぜひ親しんで頂ければ幸いです。

密教学・密教図像学の「新しい姿」を求めて              ─『密教美術形成史の研究』によせて─                                     (2019年4月16日)

こちらでは桜の花も終わりに近づき、早くも青葉の季節となりました。今日はすばらしい青空です。

密教美術形成史の研究

さて、今回は前回に続き、3月末に刊行したもう1点の新刊『密教美術形成史の研究』をご紹介しましょう。
本書は、著者が20年ほどにわたって関連学会で発表してきた成果に、全面的な増補・改訂を行って1冊にまとめたものです。構成は目次の通りですが、サブタイトルにあるように、北西インド(ガンダーラ北部のスワートと、それに隣接するカシュミールを中心とする地域)の密教美術を中心に、インドからアジア各地への密教美術の伝播や、その宗教的・思想的背景を含めて、総合的かつ詳細に検討しています。

密教の源流は一般仏教と同じくインドですから、当然、その美術もインドに原型があります。ただし、具体的な作品については、一部は戦前から西洋やインドの研究を通して知られていましたが、8〜12世紀に中・東インドを支配したパーラ朝のものが中心で、比較される文献も『サーダナ・マーラー』などの後期の資料が多く、古い時代の密教に基づく日本の密教美術とは、かなりの距離もありました。

しかし、1970〜80年代になると、真言宗系の日本人研究者による現地調査が進み、東インドのオリッサでは『大日経』『金剛頂経』両系統の日本密教に直結する作例(8〜9世紀頃)が発見され、また、西チベットにおけるチベット仏教後伝期初期(11世紀前後)の『金剛頂経』系の作品も、美しいカラー図版と共に多数紹介されるようになりました。
ただ、そうした中でも、北西インドは仏教史で極めて重要な地域でありながら、わが国でその密教美術が注目されることは、極めて稀でした。その理由としては、まず、その作品の大半が小さなブロンズ像(7〜11世紀頃)で、現地を離れて保存されているものが多く、しかも日本で実物を見る機会がほとんどないことが挙げられます。一方、欧米では、こうしたブロンズ像が公私のコレクションに数多く収蔵され、アジア仏教美術の重要なジャンルとして既に認知されていますが、その背景となる古い時代の密教についての研究が遅れているため、図録での紹介が中心で、本格的な密教学的成果を踏まえた検討が行われるには至りませんでした。

そうした中で、本書は、その「あとがき」にあるように、こうした作品に多く触れる機会を得た著者が、それらを日本で高度に発達した密教学の成果を踏まえて検討したものです。北西インドの密教美術についての本格的研究書としては、事実上「世界初」といっても過言ではないかもしれません。本書には、これまで欧米でも紹介されることのなかった多くの貴重な作品も図版と共に掲載されていますが、それらのほとんどは著者が親しく調査し、撮影したものです。
そこから明らかになったのは、北西インドがオリッサと共に、インドでも『大日経』『金剛頂経』両系統の密教に関連する早い段階の作例が多く見られる地域で、しかも、『金剛頂経』系については後期密教につながる要素も見られるということでした。後期密教の伝説的聖地「ウッディヤーナ」を北西インドのスワートとする説もありますが、以上の様相は、それと考え合わせても実に興味深いものがあります。

北西インドの密教美術が生まれた時代は、インド史でいう「初期中世」に相当し、古代的な統一王朝としてのグプタ朝が崩壊した後、封建制が進行し、ヒンドゥー化が強まっていく時代です。ところが、興味深いことに、本書の「はじめに」にあるように、同時代の西洋から西アジアでも、西ローマ帝国やササン朝ペルシァが崩壊する中で、キリスト教やイスラームという新しい宗教の美術が誕生するという、良く似た展開が見られました。
本書では、これら諸地域における展開をパラレルなものとして捉え、「この転換期に、人々は何を求め、何を理解し、それをどのように表現したのか。それに答えるものとして、密教とその美術に注目したいのである。そこから見えてくるものは、同じ人間の営みとして、現代を生きる私たちにも無関係ではないはずである。すなわち、本書が目指すものは「人間学としての密教図像学」とも呼ぶべき立場である」(p.iv)という問題意識のもとに、厖大なテーマを詳細に論じていきます。
……それはある意味で、密教学・密教図像学の「新しい姿」を志向するものといえるのかもしれません。詳しくは、本書に直接当たって頂ければ幸いです。

仏の「智慧と慈悲」を讃える                     ─『ナーガールジュナの讃歌』によせて─                                    (2019年3月14日)

しばらくの雨がちな日々の後、ここ数日はすばらしい晴天です。梅の花も満開になりました。
平成最後の春でもあり、「昭和も遠くになりにけり」の感慨も自ずから起こってきます。街の風景も、古い商店街や移転した工場の跡地には超高層マンションがそびえるようになり、ずいぶんと変わりました。元気の良かった昭和を知る者にとっては、やはり衰退の印象は否めませんが、新しい時代に生まれ育った人には、また別の風景が見えるのかもしれませんね。ともあれ、これからも平和で、安心して暮らせる世の中が続くことを願うばかりです。

ナーガールジュナの讃歌

さて、3月末にまた新刊2点を刊行しますが、今回はその内『ナーガールジュナの讃歌』をご紹介しましょう。
周知のように、ナーガールジュナ(龍樹)は、主著『中論』などによって知られるように、「空」を理論化して大乗仏教全体の祖となった巨匠ですが、実は、彼の作と伝えられる讃歌が数多く伝えられています。特に、サンスクリット原典が残る「四讃歌」と、チベット訳で残る「超讃嘆讃」には、『中論』と共通する空の哲学が鮮明に説かれ、多少の問題はあるものの、ほぼ彼の真作と見て良いものです。ただし、「四讃歌」「超讃嘆讃」とも漢訳はなく、また、わが国における研究も、個別の論文・翻訳はこれまでにいくつか発表されてきましたが、一冊の書物としてまとめられたものは、本書が初めてです。その意味で、本書は、わが国の「ナーガールジュナ研究」に、新たな段階を開く画期的な存在といえるかもしれません。

本書の構成は、別にお示しした「目次」にある通りですが、「第1部 諸著作の解題と真偽性」「第2部 テキストと和訳」の二つからなっています。

その内、第1部の前半では、ナーガールジュナの生涯と著作を概観した上で、『中論』以下の伝称作品について、それがナーガールジュナの真作かどうかの検討を加えています。具体的には以下15の文献です。『中論』『空七十論』『廻諍論』『広破論』『言説成就』『六十頌如理論』『宝行王正論』『勧戒王頌』『菩提資糧論』『因縁心論』『大乗二十頌論』『菩提心釈』『経集』『十二門論』『生存の転移(大乗破有論)』。(また、独立項目にはなっていませんが、最初に『大智度論』『十住毘婆沙論』『方便心論』にも、かなり詳しい言及があります。)
これを見てもわかるように、ナーガールジュナの哲学的作品として名高い「五(六)論理学書」や、宗教的・倫理的作品として知られる『宝行王正論』『勧戒王頌』以外にも、多くの作品を取り上げているのが特色で、その中には、これまでわが国では言及されることの少なかった作品も含まれています。もちろん、その全てを、歴史的な意味での「中観派の祖」ナーガールジュナの真作と見ることはできませんが、「仏教史上、彼の名のもとに説かれてきた思想の幅広さ」を知るためには、とても有益です。また、いずれの著作についても、広く諸研究者の見解を紹介していますので、「ナーガールジュナ研究の現状の展望」としても活用することができるでしょう。
また、第1部の後半は、ナーガールジュナの讃歌についての検討ですが、まずその背景として、大乗仏教興起の時代に、仏塔などの前で讃歌を唱えることが広く行われていたことに触れ、彼の讃歌もそうした状況に応じて作られたものとします。続いて、その写本や注釈書について触れ、最後に、各讃歌について、真作かどうかを含めた内容の検討と紹介を行っています。

次に、第2部では、ナーガールジュナの作と伝えられる讃歌について、サンスクリット原典またはチベット訳の校訂テキストと、和訳を対照しています。収録された讃歌は、「目次」にある通りですが、彼の名で伝えられる讃歌の、主なものは全て収録しています。
その内、「四讃歌」「超讃嘆讃」については前に触れた通りですが、「法界讃」も、歴史的な意味でのナーガールジュナの真作とはいえないものの、如来蔵思想にもとづいて、大乗菩薩道と、その果である仏の境地を簡明に説いたものとして、有名です。ダライ・ラマ14世も、「四讃歌」の内の「超世間讃」と、「法界讃」を説法のテーマとすることがあり、現代のチベット仏教でもかなり重視されていることがわかります。
また、「心金剛讃」は、ごく短いものながら、実は『秘密集会タントラ』の中心となる「身・語・心の三金剛」の中でも、最も重要な「心金剛」について説いたものと見られ、「無上瑜伽タントラの核心」についての教誡ともいえるものです。一方、『三身讃』は、かなり詳しい『注釈』も付して収録されていますが、後者には瑜伽タントラの『初会金剛頂経』を踏まえた記述があり、『心金剛讃』と共に、ナーガールジュナの名が、密教と結び付けられていく様子がわかります。
続く『有情了悦讃』は、仏自身が「私への形だけの供養よりも、衆生を利益する方が真実の供養だ」(大意)と述べる、非常に大乗的な内容です。どこか、シャーンティデーヴァの『入菩提行論』を思わせる雰囲気もありますが、もしかしたら、実際、シャーンティデーヴァ自身もそこから影響を受けているのかもしれません。また、二種あるチベット訳の内の一つは、アティシャとその弟子のツルティム・ゲルワ(ナクツォ)によって訳されたものですが、アティシャも『入菩提行論』を重視しましたから、これはもっともなことですね。
『般若波羅蜜多讃』は、実はアーリヤデーヴァの弟子とも伝えられるラーフラバドラの作ですが、漢訳の『大智度論』にも収録されています。「仏母」としての般若波羅蜜多を、あたかも人格的存在のように、美しい言葉で讃えたものです。ここに、後世の密教で、般若波羅蜜多が女尊と関連付けられていくことの源流を見ることもできるかもしれません。
終わりの方には、仏伝関係の作品がまとめられていますが、その内の『十二所作理趣讃』は、『善巧方便大悲略讃』の名で、釈尊への讃歌として、現代のチベット仏教でも盛んに唱えられています。ただし、どうしたことか、後者にはディグン・ジクテン・ゴンポの作とする伝承もあるようです。彼はディグン・カギュ派の祖ですが、ナーガールジュナの転生ともされるそうですので、あるいは、作者が混同されたのかもしれません。

以上、本書の内容についてご紹介しましたが、近代仏教学の「ナーガールジュナ研究」の立場からも、また、チベットの伝統仏教の立場からも、それぞれに役立つところが多い内容です。
ぜひ、ここから「偉大な哲学者」であるばかりでなく、「敬虔な仏教徒」「大悲の菩薩」としてのナーガールジュナの面影(後世には、それに「密教の大阿闍梨」のイメージも伴うようになっていきますが)を感じ取って頂ければ幸いです。

夏の感慨と、浄土教の「もう一つの姿」の解明に向けて         ─『インド・チベット浄土教の研究』によせて─                                 (2018年7月30日)

台風一過の朝に、蝉しぐれが響いています。
地震、大雨、そして異常なまでの酷暑と、この夏の日本は自然の猛威を実感することになりました。皆さま、いかがお過ごしでしょうか。思えば、私たちの祖先もこうした美しくも厳しい風土の中で生きてきた訳ですが、平成の終わりを前に、今、私たちも「何を大切にすべきか」を真剣に考え直してみる必要があるのかもしれません。
日本史全体でも類のない惨事となった昭和の戦争と、その後のめざましい復興、高度経済成長も、「今は昔」となりました。それを知らない世代も、どんどん増えてきています。彼らに「どうやって、過去の“記憶”を伝えていくか」が、今の中堅以上の世代の課題なのでしょう。

アウグスティヌス

古代キリスト教の偉大な神学者・哲学者として知られるアウグスティヌス(354〜430 写真はボッティチェルリ作)は、有名な『告白』で、「時間」を客体的存在とせず、人間の意識の広がりとして捉え、「過去は記憶、未来は期待、現在は直観である」とする旨の議論を行っています。
彼が生きたのは、仏教でいえば、唯識を体系化した無着・世親とほぼ同時代ですが、共に「心」について深い思索を行っているのは、非常に興味深いことです。そして、確かに「記憶、期待、直観」という言葉で示される「精神の働き」こそは、人間最大の特徴です。
その意味で、「温故知新」(『論語』)ではありませんが、過去に学び、そこから今、未来に向かっての展望を開くのが、人間としての「あるべきよう」(明恵)なのかもしれません。
平成の終わりに当たって、弊社も「仏教学」という限られた分野ですが、そうした人間の営みに少しでも貢献して行ければと願っております。皆さまのご支援を、心からお願い申し上げます。

インド・チベット浄土教の研究

さて、今回は、前回の終わりで予告したように、7月末のもう一つの新刊『インド・チベット浄土教の研究』をご紹介しましょう。
言うまでもなく、浄土教は、禅と共に、東アジアで最も広く広まった仏教の形です。日本でも、古くは前回にご紹介した『般若心経述義』の著者・智光を始めとして、源信、法然、親鸞、一遍など、多くの優れた仏教者によって広められ、それにもとづく宗派もできました。
一方、インド・チベットでは、宗派こそできませんでしたが、その信仰は脈々と継承され、『普賢行願讃』に代表される大乗菩薩道の一環として理解されると共に、他方では密教と結びつき、長寿を願う儀礼や、「死の準備」「臨終行儀」の意味を持つ「遷移(ポワ)」の実践へと展開して行きます。本書では、そうした展開の様相を、重要文献の和訳と詳細な註記によって解明しようとするものです。

本書の順序に従ってご紹介すると、まず「序論」ではインドからチベットへ至る浄土教の展開を概説し、併せて、その帰結としてのチベットにおける阿弥陀信仰の姿を、ダライ・ラマ7世の儀軌(以下、本書に関連して太字にした文献は、全て和訳を収録)を例として示します。

続く本論では、まず「第1部 顕教篇」の「第1章 チベットにおけるカルマ・チャクメーの浄土教」では、カルマ・チャクメーの『清浄大楽国土誓願(=極楽誓願)』を中心とする浄土教の展開を扱います。この願文は、ツォンカパの『最上国開門』と並ぶチベットを代表する浄土教文献で、先に弊社から刊行した『極楽誓願註』もその本頌とソナム・チュードゥプによる註釈を全訳したものですが、本書でも本頌を全訳しつつ、より古い註釈である『弁別釈』を中心として、詳細な註記を加えています。また、カルマ・チャクメーの大部な著作『山法』から「国土の選択」の章を和訳し、様々な浄土から弥陀の極楽浄土を「選択」する彼の信仰を紹介していますが、これは東アジアの浄土教における同種の信仰と比べても、興味深いものがあります。また、付録の『山法』目次は、カギュ・ニンマ両派が融合した環境における顕密の修行の全体像を簡潔に示したものとして貴重です。ギェルケンポの『清浄大楽国土の誓願』簡略版は、ゲルク派の学僧によるカルマ・チャクメーの願文の読誦用要約版で、その宗派を超えた流布を示すものです。
「第2章 チベットにおける阿弥陀浄土と阿閦浄土の信仰」では、ゲルク派の学僧であるチョネ・タクパシェードゥプによる阿弥陀と阿閦の浄土への願文を紹介しつつ、それをもとに、インド・チベットにおける「複数の浄土への往生を併せて願う」浄土教のあり方が提示されます。これは「極楽浄土のみ」に特化する日本の浄土教系宗派の信仰とは異質ですが、東アジアでも唯識系統の法相宗では行われました。そういえば、敦煌の唐代の石窟でも、しばしば同じ石窟の壁に弥陀、薬師、弥勒などの様々な浄土を描くのも、こうした信仰を反映しているのかもしれません。

次に「第2部 密教篇」の「第1章 インドにおける浄土教の密教化」では、後世のチベットに大きな影響を与えた『阿弥陀鼓音声陀羅尼経』と、それに関連するジターリの「讃・成就法・儀軌」の三部作を紹介します。ジターリはインド後期大乗の学僧で、論理学や菩薩戒でも業績を残し、アティシャの師の一人です。インドの密教化した阿弥陀信仰では、このジターリと、もう一人のダーキニー・シッディラージャ(マチク・ドゥプペー・ギェルモ)の儀軌が、それぞれ所作タントラと無上瑜伽タントラ系のものとして、後世のチベットに大きな影響を与えました。現代のチベット仏教でもしばしば行われる弥陀の「長寿灌頂」や砂マンダラ建立も、何らかの形で両者の影響を受けている場合が多いはずです。
続く「第2章 中国におけるインド浄土教の密教化」では、不空訳の二つの阿弥陀関係の儀軌を紹介します。その内、『無量寿如来観行供養儀軌』は、四度加行の最初に行う「十八道」の典拠として有名であると共に、本書では、それが「唐代以前に盛行した浄土教典籍の精髄」がぎっしりと詰まった、浄土教的にも非常に充実した内容であることを明らかにしています。また、『金剛頂経観自在王如来修行法』は、『金剛頂経』系(瑜伽タントラ)の弥陀一尊(一印マンダラ)の行法として、注目すべきものです。

以上、本書の内容をやや詳しくご紹介しました。チベット文献に関しては、本文で和訳が紹介されるのは近世の著作ですが、註では、古代以来のチベット浄土教の展開や、それと東アジア浄土教との比較・検討などの教学面での充実した記述があります。その意味で「本書の註は本文と同格の重要性を持つ」といえるかもしれません。

その一例を挙げますと、「索引」の【事項】にある「歓喜地を得た者と福分が等しくなる(来迎時の見仏の後に)」「極楽往生して授記を得た者は第八地」という項目は、いずれもカルマ・チャクメーの願文についての『弁別釈』の註釈内容に関するものですが、その意味は、それぞれ「弥陀の来迎の時にそのお姿を見た功徳は、見道(初地)に等しい」「極楽往生して弥陀から授記を受けることによって第八地に至り、必ず成仏する境地(不退)となる」ということです。
これが、浄土教と大乗菩薩道を統一的に理解する上で「核心的な内容」であることは、見る人が見れば、直ちにおわかり頂けることでしょう。なぜなら、チベットでは、密教(特に無上瑜伽)も大乗菩薩道の「五道十地」の修道階梯を速やかに進む道とされますが、「それに近い意味」が、ここでは浄土教にも付与されているからです。

これは、形としては本書の註の片隅に現れた記述にすぎませんが、内容としては、ある意味で「チベット浄土教最高の到達点」ではないかとさえ、思えてきます。
その内容は、龍樹作と伝えられる初期大乗の論書『十住毘婆沙論』(漢訳のみ)で、「大乗菩薩道において、空観によって不退へ至ることができない者が、そこへ至ることができるように、信方便の易行を説く」との趣旨で念仏を説くことも、直接の関係はさておき、方向性としては非常に一致するものを感じます。

このように、随処に重要な内容を含む本書の註を検索しやすくするために、「索引」には本文・註の両者について、浄土教関係のキーワードを重点的に収録しましたので、ぜひご活用頂ければ幸いです。

インド、チベット、東アジアを結ぶ「仏教の地下水脈」         ─『般若心経註釈集成〈中国・日本編〉』によせて─                                (2018年7月2日)

今日は抜けるように青い空に、緑の梢が輝いています。関東ではもう梅雨明けだそうですが、確かに、早くも夏本番の風情です。暑さは厳しくても、湿気の多い梅雨時よりは、からっとして気持ちの良い季節なのかもしれませんね。

『般若心経註釈集成〈中国・日本編〉』

さて、おかげさまで、7月末に新刊2点を刊行することとなりました。その内、今回は『般若心経註釈集成〈中国・日本編〉』をご紹介したいと思います。
本書は、一昨年に刊行した『般若心経註釈集成〈インド・チベット編〉』に続くもので、東アジア仏教の「基本」が確立した中国・唐代の6本(その内、円測註は唐で活躍した新羅僧によるもの)と、それを承けた奈良・平安時代の日本の2本の古典的註釈を収録しています。訳者はいずれも、それぞれの分野で現代のわが国を代表する研究者です。
〈インド・チベット編〉収録の11本と併せて、これで、大乗仏教が広まったアジア各地における『般若心経』註釈でも、後世における展開の「出発点」となった古典的なものは、ほとんどが和訳で読めるようになりました。

『般若心経註釈集成〈インド・チベット編〉』

『般若心経』の漢訳はいくつかありますが、いうまでもなく、その中で最も流布したのは玄奘訳です。従って、本書に収録された諸註も、全て、その訳文についてのものです(空海註では「羅什訳」としていますが、そこで引用される経文は玄奘訳と一致します)。そこで、本書のカバー(上)には、玄奘ゆかりの西安(長安)・大慈恩寺の大雁塔の写真を掲載しました。
一方、〈インド・チベット編〉のカバー(左)は、『般若心経』で説き手となる観音(ここでは十一面観音として描かれています)。西チベット・ダンカル(トンガ)石窟の、カシュミールの影響を受けた古い壁画(11〜12世紀頃)ですが、西チベットは同書に註釈を収録したアティシャ、カシュミールは同じくシュリーマハージャナゆかりの地で、壁画も両師とほぼ同時代の作品です。

本書収録の諸註の内、まず、基註円測註はいずれも玄奘門下によるもので、共に、玄奘がインドから伝えた護法(ダルマパーラ)系の唯識の立場から註釈を加えています。
いずれも、『般若心経』の空観の中心となる「色即是空、空即是色」については唯識の三性説によって解釈していますが、これは、〈インド・チベット編〉収録の諸註でも瑜伽行派の影響を承けたジュニャーナミトラ、プラシャーストラセーナ、シュリーマハージャナの諸註(特に、明確に唯識の立場に立つプラシャーストラセーナ註)と共通します。インド瑜伽行派における『般若経』理解が正確に反映されているのは、さすがに玄奘の直弟子たちですね。
また、この両註は〈インド・チベット編〉収録の諸註を含めても、現存する『般若心経』註釈としては最古層に属することも貴重です。
その内、基(窺基)は法相宗の祖として名高い学僧ですが、その註釈では『般若心経』の直接的意味を解説するだけでなく、最初の「行深般若波羅蜜多時」の「行」をめぐって、瑜伽行派の修道論を詳細に展開(大部な註釈の前半ほぼ全て)しているのが大きな特色です。
チベットでは大乗仏教について「甚深見」(空観)と「広大行」(菩薩行)の両面から理解することがありますが、いずれかといえば前者を表に出した『般若心経』についても、後者の要素を『現観荘厳論』に従って読み取る伝統があります。その最古のものが〈インド・チベット編〉の初めに収録したカマラシーラ註ですが、基註も、その名の通り「行」を重視する瑜伽行派の立場から、それを試みたものといえるでしょう。ただ、カマラシーラ註のように、『現観荘厳論』に基づいて『般若心経』の経文自体に瑜伽行派の修道階梯を読み取っている訳ではありません。
また、「勝空者」(中観派)と「如応者」(瑜伽行派)の対論の形で註釈を進めるのも特色ですが、著者の立場上、もちろん後者の優位が示唆されています。ただし、先に述べた「行」についての解説のほとんどは『瑜伽師地論』「菩薩地」(「カダムの六宗典」の一つでもあります)に基づくものですから、実はチベットの「道次第(ラムリム)」の上士(大乗)の修行と共通する内容が多く、その意味で、チベット仏教に関心のある方々にも興味深く読んで頂けるものと思います。
一方、円測の註釈では、中観派の清弁(バーヴィヴェーカ)と唯識派の護法の両系統の空性理解を併せて説き、後者を主としつつも、両者は「互いに影響しあうことにより、人々にとって理解の助けとなっている」(p.183)として、矛盾するものではないとするのが特色です。こうした姿勢は、訳者の「解題」にあるように円測の『解深密経疏』にも見られるものですが、「解題」の註8で指摘されるように、『解深密経』自体から導き出される立場と見ることもできるでしょう。また、〈インド・チベット編〉収録の諸註でも、中観派のヴィマラミトラ、唯識派のシュリーマハージャナの註釈では、自身の立場を主としつつも、それぞれ他方の説に言及するのも(〈インド・チベット編〉pp.96, 251)、円測に近いといえるかもしれません。
基と円測の著作の一部はチベット語訳もされ、その大蔵経に収録されています。このように「東アジアを越えて評価された」唐代を代表する二大学僧の註釈を収録できたことは、本書の大きな特色となりました。

次に、法蔵註は、日本では奈良・東大寺で知られる華厳宗の教学の大成者によるものです。法界縁起に基づき「一即一切、一切即一」の壮大な世界観を説くその教学は、天台と共に、東アジアの仏教哲学を代表するものですが、この註釈も短編ながら深い解説を明快に行っているのは、さすがです。その「簡にして要を得た筆致」は、どこか〈インド・チベット編〉最後に収録したターラナータを思わせますが、いずれも学僧として優れた業績を残した人物ですから、それも当然でしょう。
(伝)明曠註は天台系の註釈で、「空・仮・中」の三諦を『般若心経』に応用するなどして、これも簡潔ながら深い解釈を行っています。また、序の部分が空海註のそれに類似することでも知られていますが、著者については、明曠の名に仮託した偽撰説があり、本書に収録した和訳の「解題」でも、その立場を取っています。

浄覚註慧忠註は、禅の立場からの註釈です。時代的に先行し、いわゆる「北宗禅」に属する前者は、禅的な「無心」「仏心」を説くものの、経文の直接的意味に従った一般的註釈の形を残しています。
一方、後者は「南宗禅」第六祖とされる慧能の弟子によるものですが、そこではもはや、これまでの註釈の形を超えて、『般若心経』の経文に託して「禅の境涯」を端的に語るスタイルとなっています。そこで説かれる「一念超越」「一念不生」は、いかにも南宗禅的ですが、それと同時に、〈インド・チベット編〉収録のヴァジュラパーニ註で強調される「無想念」(〈インド・チベット編〉p.290の註2などを参照)をも思わせるものです。ヴァジュラパーニはインド後期密教のマハームドラーの成就者で、チベットのカギュ派に近い法脈に属しますが、時に、マハームドラーと禅との近さが指摘されるのもうなずけます。

智光註空海註は日本の註釈です。前者は「智光曼荼羅」と呼ばれる浄土変相図の感得者として、日本浄土教史でも名高い人物の著作ですが、もともと著者は中観派の流れを汲む三論宗の学僧です。それだけに、『般若心経』を註釈する場合も、龍樹作と伝えられる大部で、しかも現存最古の『般若経』註釈といえる『大智度論』に依拠するところが多いのが特色となっています。その様子は、後世のインド・チベットで『般若経』理解のスタンダードとなった『現観荘厳論』を『般若心経』解釈にも適用したのを思わせます。
また、その序論的な部分(pp.384〜385)で、『解深密経』に基づく唯識派の「三転法輪」説に対して、中観派の立場から、第二法輪としての中観と、第三法輪としての唯識との同質性を指摘するのは、先の円測を思わせると共に、後世のツォンカパが『善説心髄』で行った議論の「先駆」ともいえるかもしれません。
現存する東アジアの『般若心経』の古い註釈で、中観の立場からのものは、実は智光のものだけです。『般若心経』の漢訳者で、唯識の立場を取る玄奘の圧倒的な影響力の前に、三論宗が陰を潜めた印象がありますが、その中で、こうした充実した註釈が奈良時代の学僧によって著されたのは、日本仏教にとっても誇るべきことでしょう。
最後の空海註は、有名な『般若心経秘鍵』です。もはや、これについては縷々述べる必要はないでしょうが、以上のように東アジアの諸註を見てきた後で思うと、経文の直接的意味ではなく、密教のマンダラ的な「悟りの風光」を経文に託して語ろうとする姿勢(いわゆる「深秘釈」の立場)は、案外、南宗禅の慧忠註に近い印象を受けました。空海が当時、唐で盛行していたはずの禅に言及することはほとんどないようですが(最澄は禅を伝えています)、幅広い関心では比べるもののない空海ですから、もしかしたら、唐で、こうした「『般若心経』解釈の新傾向」にも触れていたのだろうか…とも思えてきます。今後の研究が待たれるところです。

以上、本書に収録された諸註について、〈インド・チベット編〉収録の諸註とも比較しながら、やや詳しくご紹介しました。結局、そこから見えてくるものは、インド、チベット、東アジアを貫く「仏教の地下水脈」というべき、ひそやかな、しかし脈々たる流れです。ぜひ、両編を併せてご覧頂ければ幸いです。
次回は、そうした「水脈」を、浄土教について明らかにした新刊をご紹介したいと思います。

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